合縁奇縁

個人的記録。

6日目

【家族】

そんな言葉が浮かんで今、記しています。

私は人嫌いでずっと生きてきました。

集団が苦手で、人となにかをするのが苦手で、、

でも、独りは嫌だった。

だから、常に誰かを求めてきてしまっていた。

これは、自分に価値が見出せず他者に自分の価値を見出そうとしている

そんな心理でしょう。

なんで私は人嫌いになってしまったのか。

幼少期、私は環境に恵まれなかったと記憶しています。

父親は家庭、家族を・・・大切にするような人じゃなかった。

少なくとも幼いながらの私の記憶には

温かい父親の姿は記憶にはない。

勤勉に働いていた記憶はある。

だが・・・家族としての良い思い出というのは・・ない。

母親は随分と苦労していたことを記憶している。

私自身、幼少期から物心つくまで、人前がとにかく苦手だった。

人前では良い子でいなくてはならない。

そんな意識に囚われて過ごしていたと記憶している。

友達も少なかった。

幼少期から学校での環境にも恵まれなった。

勿論、振り返れば自分が殻に閉じこもっていたのが

その一因でもあるとは思う。

今であれば、そう客観的に思えたり変えていける。

当時の私にはそんな発想などなかった。

ただある事実を、現実を、見ることしかできかった。

私はもっと楽しく過ごしたかった。

友達と遊び、学校に行き、当たり前の日常を。。

特別なことを望んだ訳ではなかった。

普通のこと、ごく普通の日常を望んだだけだった。

それが出来なかった。

あれから時は経ち、人との距離の持ち方は明らかに当時の経験が

影を落としている。

きっと私は、人嫌いではないんだと思う。

人との接し方が分からないのだろう・・

過去をやり直すことは出来ない。

産まれた環境、過去を変えることはできない。

 

 

 

マイナスな事を綴ってはいるけども

あくまで自分の感情、想いを湧き上がってきたまま素直に

記しているだけ。

決して、囚われて後ろを向いているんではない。

整理する意味だってある。

 

 

自分が信じ、貫けば、必ずそれは叶う。

過去振り返れば全て叶ってきている。

その時はやはり強く『そうなるんだ』と信じていた。

だからそれが現実になった。

悲観的、否定的に負の感情に支配されていたら

現実もそうなってしまうだろう。

常に明日を求めて今この瞬間を生きる。

大丈夫。